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にっき

hachiwa.exblog.jp

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。

姓と氏についてのメモ

【2008.07.23の日記】


三国時代では、「姓」と「氏」の区別はほとんどしないのですが、春秋時代はがっつり区別してたんですよね。

「姓」は、血縁を表すもので、「氏」はそれがどんどん細分化していった家柄を表すもの…みたいな感じですかねぇ…。氏は、たとえば、源氏(いきなり日本か;)の本流は源を名乗ってますが、傍流は足利氏や新田氏を名乗ったりした…そんな雰囲気だと思います。

たとえば太公望の姓と氏。彼の姓は「姜」です。むかしむかし、姜姓の一族のうち、呂という地に封ぜられた者たちが「呂」を氏としました。太公望は、その子孫にあたり、史記などには「呂尚」と書かれたりしてます(尚は太公望の名。「太公望」というのはあだ名みたいなものです)。

春秋時代の女性の名前を見ると、その出身の一族の姓がよく分かります。たとえば太公望(上述通り姜姓)が始祖となった斉を例にしてみる。
(周の武王が殷を滅ぼすと、諸国(邑)に一族や功臣を封じたのですが、太公望呂尚は斉に封ぜられ、その子孫たちが斉を治めたのです。)
で、斉の公室出の女性は、その姓をつけて「○姜」と呼ばれてます。斉の桓公の娘で、重耳(晋の文公)に嫁いだ女性を「斉姜」というように。周王室の姓は「姫」なので、周王室や、周王室から分かれた諸侯の一族の女性たちは「○姫」と書かれる。「姫」は「おひめさま」という意味ではなく、「姫姓の血筋」の女性であることを表してるのです。

ちなみに、今管理人が勝手に熱くなっている(笑)晋という国の公室は、周王室と同じ姫姓。晋の景公の姉(趙荘姫)が趙朔に嫁いでますが、それは趙朔が姫姓ではないから可能(趙氏はエイ姓)。「同姓不婚」というのがこれですな。お相手の男性(女性)の姓が自分の姓と異なっていないと結婚してはいけない、という…。
欒書や韓厥の一族は姫姓なので(<晋公室から分かれた家柄)、彼らの一族の者が晋公室の女性を娶ることはできない。別に、趙氏が晋公室に大事にされてて、韓氏や欒氏が嫌われてるという訳ではないのですよね…笑。(…え、ホントに娶ってないですよね…;;<確認した訳でないので不安<コラ)

…って、自分もまだまだ全然詳しくないので偉そうな説明は何もできないのですが(滝汗); とりあえず、自分が最近学習したことをだらだらと書いてみました;; うおーー、間違ってたら誠にすいまめーん!!<コラ


あーー、でも氏や姓って気になるな…! 呂蒙殿は呂氏だから、太公望と同じ姜姓になるのかしら(他にも呂氏はいるので言い切れないが)。陸遜は、遠いご先祖が戦国時代の斉の宣王という説があるらしいから、もしそうならば斉と同じギ[女+為]姓になるのかしら…。ちなみに、太公望の子孫の姜姓の斉は、のちに陳(ギ姓の国)という国から亡命してきた一族(田氏)に乗っ取られてしまい(涙)、乗っ取り以降の斉は「田斉」と呼ばれたりします…宣王は田斉の王なのです。
つまり、陸遜の遠いご先祖は、太公望の遠い子孫の国を乗っ取ったという、そういう話に…。。。

…ま、三国時代には姓なんて忘れ去られてるので、そんなの考えるのもナンセンスかもですが(笑)。でもちょっと楽しいv
by huangque | 2011-01-01 04:15 | 春秋関連

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