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今日(?)は何の日~春秋1月バージョン

【2011.01.27の日記】


しゅんじゅー大事表をぺらぺらめくっていて、そういえばだいぶ前(約半年前)に、「これの朔閏表に書き出してある出来事をカレンダーみたいにまとめてみたいわー」的なことを呟いていたことを思い出し、うちで扱ってる時代=魯の宣公・成公・襄公年間の1月の出来事をまとめてみようかなーと、ふと思い立った。晋の執政で言うと、だいたい趙盾~趙武です…こっちの方が、うち的には分かりやすいですよね(笑)。とはいえ、正月の出来事はあまりなかった…成公18年だけやたら盛り沢山なのですが…。

ということで、以下成公18年(BC573)、すなわち晋の悼公が即位して、韓厥が執政デビューした年の1月のできごと~

■庚申の日=5日:晋の厲公が弑された日
晋の厲公の命日である…。ちなみに胥童が殺されたのは前年の大晦日の日らしい。この年は正月から晋はおどろおどろしい…; らんしょさま…。

■庚午の日=15日:孫周(=晋の悼公)が晋に入国
孫周は周にいたのですが、厲公が弑されたため、知オウ・士魴が次の晋の君主として彼を迎えに行ったのです。孫周は時に14歳。
以前、欒書様が厲公に対して「郤至があなたの代わりに孫周を君主に立てようとしてますよ」と讒し、厲公が三郤を殺してますが、実は孫周を立てたかったのは欒書だったりするという皮肉。らんしょさまが黒すぎるーーうおーーー。

■辛巳の日=26日:孫周が武宮(曲沃武公の廟らしい)で朝見を受け、従わぬ者7人を追放。
武宮に朝す、という行動の意味が私にはよく分からんのですが、ご先祖の霊に帰国の報告ってことなのでしょうかのう…(<適当発言)。
ちなみに、左伝では「辛巳」の日となっていて、杜預はそれに対して特に疑問を持ってないようなのですが、「辛未」の日とするテキストもあるようです。「辛未」ならば16日で、孫周が晋に入った次の日になるらしいっす。左.氏.会.箋などを見てみるに、辛未の日の方が正しいんじゃね?という雰囲気。晋の文公も、帰国した翌日に武宮に行ってるらしく、それを論拠にそんなことを言ってます。

■甲申晦=29日:斉の国佐が誅殺される
そういえばこの人は無事に死ねなかったのか…(<おま…;)。みやぎたに『晏子』にもあったし、『子産』でも軽くだけど触れられてた気がする。
ということで、明後日は国佐の命日です。
by huangque | 2011-01-01 06:40 | 春秋関連

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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