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『墨攻』

『墨攻』 酒見賢一


主人公は、墨家の革離。趙の侵攻にさらされた梁という小城を「墨守」すべく、墨家の指導者(「巨子」(くし)と呼ばれる)の田襄子に派遣されてきた。
この革離が、城内の民を指導し、巷淹中将軍率いる趙の2万の大軍と戦うというのがあらすじ。

この革離の守り方がとにかくすごい。10倍以上の兵力を持つ趙軍を寄せつけず、女子供老人を含めた民数千人で迎撃するという…。
ただ、この革離の守り方…というか、民の統率の仕方が…なんだかものすごく違和感…。
墨家というと、「兼愛」を唱えてるのですが、あの革離の統率には「兼愛」という人間への情がないというか…まるで兵家か法家のような信賞必罰…。きまりを破ったものは容赦なく斬るし、革離自身もみずから手を下して人を殺す場面もあるし…これが「兼愛」…? 革離自身も、これを指摘されて答えられなかったし…。
革離の敵である梁適・巷淹中の革離(というか墨家)批判に、時々納得してしまうのです。墨家はこの世から滅した方がいい、とか…私もなんとなくそう思ってしまった。

「非攻」主義ゆえ攻めずに守り、攻めをほしいままにする大国から、攻め込まれる小国を守るんだけど…小国を「墨守」するたびに、城中の兵力を底まで消耗し、敵兵を多数殺傷し、しかも城の民衆に墨家の神がかった守城術を見せ付けて心を掴む。
小国を守り続けるから、天下が統一されて泰平が訪れることもない。またそれを墨家は望んでいるのかもしれない…城を守る機会がなければ、墨家は力を表現できないんだから。こうしていけば、墨家が天下を掴むのも夢の中の話ではないのかも…小説の中でも、田巨子はそんなことを考えていたようだし。

この頃の墨家の思想は、始祖である墨子のものとは換骨奪胎してるような感じがしました…墨家の思想についてたいして知らない奴が言えた台詞ではないのですが。でも革離のしてることは「非攻」でも「兼愛」でもない。守ることで敵を殺し、味方の心を掌握する、タイトル通りの「墨攻」だと思った。
確かに、身を粉にして働き、その姿を人々から尊敬されている革離はすごい人だと思うのです。ただ、その思想がなにか違うな…という感じがしました。

以上、個人的な感想。
あと、この小説の中で「魏が、趙の都市・邯鄲を包囲する」という話がありますが、史記の趙世家・魏世家によると、BC354にそんなことが実際あったようです。この時、斉の孫ピン(孫子)が「囲魏救趙」の計を使って、魏の包囲を解いたんでしたっけ…(うろ覚え)。でも、それくらいの時期の話だと想定してよさそうな気がします。
by huangque | 2005-12-22 03:29 | 本めも

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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