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いよいよ祭じゃあ~+吹毛求瑕

いよいよ今日から三国志展開幕だ~いえい! 13日の講演会には落ちてしまったんですが(涙)、当落が出る前にホテルを予約してもーたので(笑)13日に上京します…。館内で写真が撮れるのがいいですね! デジカメを忘れずに持参しなければ…。


三国志展に向けていろいろと予習をしてます。
6月末に東方書店から出た『三国志の考古学』は読了。考古に関しては素人なのでちんぷんかんぷんだったのですが(汗)、曹氏一族の墓と曹操高陵の解説は難しいながらも興味深かったです。朱然にからめた名刺の話も面白かった。朱然の名刺は、本人自筆のものを模した明器の可能性もあるのね…。朱然の墓については、れんがの積み方とか「富且貴 至万世」の文が入ったれんがの話とかも期待してたんだけど、れんが関係の話はなかった…紙面の都合もあると思いますが残念。またそのうち自分用メモのページを作ろうと思ってます。三国志展に出展される文物もいっぱい出てくるので、三国志展の予習にはうってつけの本だと思います。


三国志展の図録も買いました! こちらはまだ半分くらいしか目を通してませんが…(遅)。『三国志の考古学』のおかげで、なかなか貴重な文物が来ることも分かった。しかし誤字が多い…士燮さん(三国の)の名前がやたらとヘンなことになってるのは許せぬ(笑)。公式でも正誤表が出てましたな…写真の取り違えはけっこう致命的なミスな気がするが、何の写真と取り違えたんだろうか…。おおきい画像がほしいです…。

なお、正誤表以外にも誤りがあったので、気付いたところを下に挙げておきます。矢印の左が誤、右が訂正後。

・(p27上段)杏園村一号墓→董園村一号墓 …玉豚が出土した墓。p57ではちゃんと董園村一号墓に直っている。『三国志の考古学』第一章も参照。曹氏一族墓に「杏園村一号墓」という墓はなさげ
・(p40)範県→范県 …「范」を「範」の簡体字だと勘違いして直している気がする…士会の封邑とされる范のあたりのことだと思うんだけど(唐突に春秋)。だから「范」のままでいいのでは。これは確証はないっす。自分が勘違いしてたらすみません…
・(p43)三顧草盧→三顧草廬 …「いおり」の意味の字はまだれが付く
・(p51)貂蟬(しょうぜん)→貂蟬(ちょうせん) …ふりがなの誤り。「貂」を「ショウ」と読むのには何か根拠があるんだろうか…大漢和を確認しても「チョウ」という音しかない。「蟬」を「ゼン」と読むのは呉音読み、「セン」と読むのは漢音読みっぽい(by漢辞海)。つまり貂蟬=「チョウセン」が一般的な読みとなるはず。
あと、公式ツイッターで蔡邕に「さいゆう」とふりがなが振ってあったけど、正しくは「さいよう」だよな…大漢和を確認しても「邕」に「ユウ」という音はない
・(p51)蔡帽→蔡瑁 …蔡瑁なら別にいいか…と思ってしまう(演義のイメージ) 会場のキャプションも「蔡帽」になってたなあ…蔡瑁なら(略)
・(p56)巧臣→功臣 …ごく単純な誤字の類
・(p111地図・112地図・p120地図)士變→士燮 …變=「変」の旧字。間違い方があんまりでござる…(涙)
・(p115地図)士樊→士燮 …「変」と間違われるよりはこっちの方がまだ…(五十歩百歩)
・(p131)曹休の印 …印影が左右反転してるのでは?
・(p201)刺士→刺史 …「刺士」ってのは見たことがないのでたぶん…
・(p249)健康→建康 …やりがちなヘルシーなミス
・(p255)合肥新城の戦い→合肥の戦い …川本人形の甘寧の説明部分。もしかすると人形劇にそういう場面があるかもなのですが(<人形劇は見たことがない)、甘寧が合肥新城の戦いに参加するのは正史や演義ではありえない…
・(p258上段)建安九年(二〇四)、曹操は官渡の戦いで袁紹を破ると、献帝を擁して実権を握った。…鄴城に拠点を移して… …これらの出来事が全て204年の出来事のように読めるんだけど、武帝紀を見ると「官渡の戦いで袁紹を破る」=200年、「献帝を擁し(て実権を握った)」=196年、「鄴城に拠点を移して」=204年
・(p275下段)曹睿→曹叡 …普通はこちらだと思うのですが…
・(p281上段)曹崇→曹嵩 …正誤表で曹嵩の名前は訂正されてるが、もう一か所誤字がありました

…講演会に落ちた私怨(…)があるとはいえ、自分のことを棚に上げた揚げ足取りが我ながらヒドイ(すみません)。でも、トーハクさんで出してる図録にこんなに間違いがあるのは、いろんな意味で気がかりではある…。

by huangque | 2019-07-09 00:20 | 三国関連

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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