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陸遜の襄陽攻めはいつか?

【2006.05.22の日記】


で、正史を見てて気づいたこと。かなりマイナーですが…。
正史陸遜伝には、嘉禾5年(西暦236)、陸遜と諸葛瑾が孫権の命令で襄陽を攻めた、とありますが、おそらくは嘉禾3(234)年が正しいです。呉主伝(孫権の伝記)・明帝紀(曹叡の伝記)と照らすとそんな感じがします。

呉主伝だと、嘉禾3(234)年に孫権が陸遜と諸葛瑾を夏口に行かせた、と書いてあるのですが、夏口から川を遡れば襄陽はすぐなので、夏口を起点に襄陽をにらんだと考えれば陸遜伝と矛盾しません。
明帝紀の方にも、234年に「孫権が陸遜らを淮水・ベン河(川の名前。漢水に同じ。夏口からこの流れを遡ると襄陽に着く)に展開させた」とあります。それに、呉主伝の嘉禾5(236)年の項を見てみると、孫権が魏に戦を仕掛けたようなことが書いてありませんしね。

陸遜伝が嘉禾5年(236年)とする戦闘は、呉主伝・明帝紀の言うところの234年(呉の嘉禾3年)の戦役を指すのでしょう。漢数字の「三」と「五」はよく転写ミスが起こる文字らしいですし…。
…ところで正史の陸遜、本当にかっこいいですね。筋を通す男ってかんじで。
by huangque | 2011-01-01 02:00 | 三国関連

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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