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からの~ リトル三国志

リアル三国志を満喫した翌日は「リトル三国志」ですよ!

ちうことで台東区の書道博物館へ。
書道博物館では現在、夏休み時期に合わせて古代文字の世界を紹介する子供向け展示を企画してらっさるのですが、トーハクの三国志展に合わせた三国志関連の作品の展示も行われています。という訳で書道博物館の「リトル三国志」(公称)も見に行ってきたとです!


書道博物館といえばゆるい注意書きで一時期話題になってたらしいのですが(顔真卿展のときにいろいろ調べていたときに知った)、入口に着いたところからこんな感じです。書道博物館さんの手にかかれば、「写真撮影禁止」が

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こうなる(笑)。センスが素敵すぎる…。
あと、これを書いた人を多分私は知っている…たぶん、自分が大学の書道部に所属していた時に、部員全員がお世話になった方だ…。すごく面倒見のいい方で、ろくにサークル活動に行っていなかった(…)私にも、印を彫ってくだすったりしました(印はまだ大事に持ってますよ)。あの方ならなんか納得する(笑)。

ということで三国志展とは違って写真撮影禁止なので、注意書きを撮ったところで「そだね~」ってことでデジカメをしまって中に入ります。
エントランスにはコインロッカー(無料)もあって、おのぼりさんにはとてもありがたいです。荷物を預けて静かな館内をゆっくり見て回りました。


企画展の「漢字のなりたち ―古代文字の世界―」は子供向けではありますが、大人でも十分見ごたえがあります。キャプションの内容はやさしい言葉でふりがなも付けられていますが、展示されているものは逸品ぞろい。

展示内容は公式サイトなどでも見られますが、甲骨文字や青銅器、碑文の拓本など。殷~三国時代の古めの文物がメインです。甲骨文字がこれでもかと見られます。

個人的にけっこうツボだったのは、後漢の「武氏祠石闕画像銘」(拓本)です。トーハク三国志展にも曹操高陵の画像石の一部が出てましたが、全景はこんな感じになるんだと思います。でかい。
で、この画像石の拓本をよく見たら、三段目のゾーンが刺客列伝になってるらしいのがかろうじて分かってテンションが上がった! 曹沫・専諸・要離・荊軻・予譲なんかの暗殺シーンが描いてあります。よって、曹沫に脅されている斉の桓公とおまけの管仲、荊軻と秦王政(始皇帝)・秦舞陽・樊於期(の首)、予譲に上衣を渡した趙無恤なんかも描かれてますので、春秋戦国好きや刺客好きの方(?)は楽しめると思います。説明の中で趙無恤が「カタキ」って紹介されてたのがなんかツボでした(笑)。
なお、前の記事で曹操高陵から出た画像磚をご紹介しましたが、そのうちの
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こちらの磚に描かれた人物について、三国志展図録で「武氏祠の画像磚の雷神の表現と共通している」的なことが書いてあったんですが、その「武氏祠の画像磚」の絵がたぶん、書道博物館のコレではないかと…。探せばその雷神がいるかもしれない…。


他にも青銅器・有名な作品の拓本(石鼓文とか泰山刻石とか)・秦の権(おもり)なども展示されてましたが、詳細を語るだけの知識がないので(…)割愛。


2階の中村不折記念室がリトル三国志の展示室になってました。こっちの文物についていくつかメモ。

■上尊号碑(拓本)(魏)
曹丕に皇帝即位を勧める内容の上奏文。魏の有名人の名前がいっぱいありました。覚えてるのは華歆・賈詡・曹真・夏侯尚あたりかな…。あと「輔」という名と「若」という名の人がいたが(名前は「華歆」とかではなく「臣歆」と書いてあるので判然としない)、これは鮮于輔と劉若かな? 官職名との照合ができればもっと分かると思うのですが、魏にそんなに詳しくない自分にはこの程度が限度。
…調べたら原文があった…(簡体字)。この冒頭部が拓本で見られるのですが、他には王朗・曹仁・王忠(たぶん)・高柔(たぶん)・曹休の名前もあるっぽい…。「秋」というのが誰だか分からない;

■薦季直表(拓本)(魏)
鍾繇の書もありますよ~。書道の教科書にもよく載ってるやつ。丸っこくてかわいい感じの楷書。

■三体石経(魏)
古文・篆書・隷書の三体で儒教の経文を記した碑。各文字が三つの書体で書かれていて、字体の違う同じ漢字が三つ並んでいる。読みづらそう…。

■谷朗碑(拓本)(呉)
呉の碑は珍しいらしいのですが、その拓本。谷利と関係がある人なのかなあ? ちゃんと見なかったのが悔やまれる…。

■封禅国山碑(拓本)(呉)
こちらも呉の碑の拓本。『三国職官表』で時々見かけた「国山碑」はこれのことなんだろうなあ。正史に見えない人の名前なんかも載ってるっぽい。ちゃんと見なかったのg(略)。…知らずに行くともったいないことになるなあ;

■玄莫帖(拓本)(蜀)
諸葛亮の筆跡だという二行の文がある。「玄莫~」で本文が始まるのでそう呼ばれる。諸葛亮の字の左側には魏の梁鵠の字もありまする。

■三国志呉志第二十残巻
これが見たかった!! 世界最古級の『三国志』の写本といわれる逸品。呉志第二十は『三国志』の最終巻。韋曜(昭)伝の最後のあたりと華カク伝の頭あたりの部分が残っています。韋昭の名前はやっぱり「韋曜」になってるんだなあ。あと、呉の最後の皇帝の孫コウのコウの字が「晧」(偏が日)なのか「皓」(偏が白)なのか最近混乱してたんですが(…)、こちらの残巻だと「晧」(偏が日の方)になってた…。
呉志第二十の残巻は来月4日までの展示で、その後呉志第十二の残巻に切り替わりますので、呉志第二十を見たい方はお早めに。呉志第十二は虞翻伝の部分ですね…虞翻先生の于禁イジメの場面が見られるようです(よりによってなんちう部分が残ったんだか…;)。


企画展だけでもこんな感じで大変満足できるんですが、本館の方の常設展もすごかった…甲骨文・青銅器・碑・塼・印などがごろごろ置いてある。トーハク三国志展で展示されている熹平石経(書道博物館のは魯詩・公羊伝とかの部分)・鎮墓瓶・刻字塼(リトル三国志展の方にもある)・神獣鏡のお仲間も見られます! 三国志展とハシゴするのもおススメ。館内の注意書きを見るのも楽しいっす(笑)! ゆっくりマイペースに見られるのも嬉しい。


こうやって書いてみると記憶が曖昧な部分が多いので、やっぱりもう一回三国志展→書道博物館を巡らないといかんな…。呉志の展示替えの後にまた行こう…。

by huangque | 2019-07-23 00:10 | 三国関連

リアル三国志じゃあ~

だいぶ前になりますが、以前の日記で言ってた通り13日に三国志展行ってきましたー! 例によって渦巻殿にパワハラを行使して(…)ご一緒してもらいました。いつもありがとう~! ランチビュッフェを楽しんでから三国志展に行きました。ワインも飲み放題の孫権大歓喜コース(笑)だったんですが、途中でワインが(一時的に)切れてたりしましてね…張昭の罠かと思った(笑)。張昭さんの差し金(?)もあったので、お酒はほどほどにして三国志展に行きましたです。


最初の土曜だったので行列になってたらどうしよう…と心配だったのですが、入場待ちもなくスムーズに入れました。中も思ったほど混雑してなかった…2月に行った顔真卿展は尋常でなく混んでて、そんな感じだったらどうしようかと思ってたのでよかった…。

事前に図録を購入して予習済みだったので、見るべきポイントはなんとなく掴めていたと思います。やはり予習は大事だな…。写真も撮れるので、図録にはないような角度から写真を撮ってみたり、図録に別の写真が掲載されてしまっている(公式の正誤表参照)文物を撮ってみたりしました。

展示されている文物はパッと見インパクトがある物があまり多くないので、ところどころに展示されている横光三国志の原画や人形劇の人形がいいアクセントになっていたと思います。リアル路線からは外れてますが、テレビや漫画が入口の方も楽しめる工夫にもなってる気がします。


ではでは、個人的にツボった展示をいくつかご紹介~


「会稽曹君喪軀」磚(塼)(作品番号11、以下カッコ内の番号は作品番号だと思ってくらさい)
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『三国志の考古学』で言及されていたので気になっていたもの。厚みがわかるように横の方から撮ってみた。曹氏一族墓からは様々な刻字塼が出土しており、これもその一つ。「喪軀」の二字は後で書き足したのか、左下に肩身狭そうに書いてあるんですね~。字も簡略…「軀」とか言われなきゃ読めぬ。


酒樽(26)
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図録だと見えない内部も細かな模様が施されてます。素敵。上蓋の内部にも同じような模様があります。


童子図盤(55)
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去年朱然墓に行った時はレプリカしか見られなかったけど、本物がお越しですぜ…朱然の棺の傍で1700年以上眠っていた本物ですぜ…目の前で拝めるなんてありがたやありがたや。しかし1700年以上の時を経たとは思われない状態のよさ。思ったよりも小ぶりな盤で、小皿という感じ。


犬(95)
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蜀犬日に吠ゆ、なんて言うが、そんなチンケな感じではない…かなりでかい。顔つきもだいぶリアル。
晋の霊公が飼ってた猛犬のゴウってこんな感じなんだろうなーと思った…これならちょーとんさんを食い殺せそうですわ…(唐突に春秋)。


「童子史綽」名刺(103)
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図録には1枚しか載ってませんが、史綽の名刺(木刺)が5枚来てました! このうち「童子史綽」と書いてあるのは左の2枚。史綽の名刺については『三国志の考古学』でも取り上げられていて、それによれば「童子」という称のある名刺はこの史綽のものが一例あるだけらしい。レア名刺。


次は文物じゃないんですが、曹操高陵を原寸大で再現した空間もあるんですよ!! 

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人様があまり写ってない写真を選びましたが…。
自分が唯一見たことがある朱然の墓と較べると…広いし高い! 魏王が葬られるに相応しい広大さを実感できます。いい仕事すぎる。
高陵ゾーンの入口が墓の東側に当たります。東側に墓の入口があるのは曹氏一族墓も同じで、曹氏の墓の特徴になってるようです。写真左側にはれんがを積み上げた塼室側面も再現されてます。朱然の墓のれんがの積み方とは違うなあ。れんがの積み方も、地域とか時期によって特徴が違うんだろうか。
なお、写真やや左の四角錐状の屋根を持つ空間が後室なんですが、そこには最近発見された白磁くんが鎮座してますよ!


画像磚(138)
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曹操高陵内で見つかった画像磚のかけら。写真の磚には大きなひびが入ってますが、図録にはひびの右側の写真だけが載っていて、左側の写真はありません。市松模様みたいな柄があるんですねえ。
高陵にはこのような破片だけではなく、大き目の画像磚もあったようです。ただし盗掘されて持ち出されてしまったらしい。そのうち4点ほどは奪還済みとのこと(詳細は『三国志の考古学』参照)。
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こちらの「白虎仁」の磚は、その4点の大型画像磚の一つ「義人趙宣行善図」と呼ばれる磚の一部と考えられているらしいっす。「義人趙宣」というのは春秋好きの方ならご存知・猛犬ゴウに襲われかけた春秋晋の趙宣子=われらが(?)趙盾さんです(笑)。飢えていた霊輒(画像磚だと「零輙」と書いてあるらしい)を助けた場面が磚に描かれてるのです。その磚の最下段に動物がいっぱい描かれていて、この白虎もその一部と考えられるみたいです。


特に印象深いのはだいたい以上ですかね…。2時間半くらい見て回ったでしょうか。派手な文物は少ないですが、展示のしかたがさすがなので、見ごたえは十分に感じられました。見そびれた文物があるのでまた行きます…高陵の石牌を見そびれるとか間抜けすぎるぅ…(涙)。


最後に。矢がすげい飛んでるゾーンに無双キャラのシルエットパネルが貼ってあったりしたんですが、
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どこのどなたがどういうチョイスをなさったのかさだかではありませんがほんとうにありがとうございます

by huangque | 2019-07-21 21:33 | 三国関連

無題

リアルタイムでアニメを追いかけることはあまりないのですが、昨年冬からやってたツルネは追いかけてたなあ。自分の地元が舞台になってて、その風景情景が忠実に再現されてて感激したなあ。ちょっとした道でもバス停でも「あそこじゃん!」ってすぐに判るレベル。そんな舞台の中で、登場人物の子細な所作や細やかな表情も描きこまれていて、一話一話が濃密だった。そこまでするのかというこだわりには、表現者の矜持というか真摯さも感じた。こんなに素晴らしいアニメをつくってくれて本当にありがとう…という恩を勝手に感じています。

by huangque | 2019-07-21 17:15 | ■日記
いよいよ今日から三国志展開幕だ~いえい! 13日の講演会には落ちてしまったんですが(涙)、当落が出る前にホテルを予約してもーたので(笑)13日に上京します…。館内で写真が撮れるのがいいですね! デジカメを忘れずに持参しなければ…。


三国志展に向けていろいろと予習をしてます。
6月末に東方書店から出た『三国志の考古学』は読了。考古に関しては素人なのでちんぷんかんぷんだったのですが(汗)、曹氏一族の墓と曹操高陵の解説は難しいながらも興味深かったです。朱然にからめた名刺の話も面白かった。朱然の名刺は、本人自筆のものを模した明器の可能性もあるのね…。朱然の墓については、れんがの積み方とか「富且貴 至万世」の文が入ったれんがの話とかも期待してたんだけど、れんが関係の話はなかった…紙面の都合もあると思いますが残念。またそのうち自分用メモのページを作ろうと思ってます。三国志展に出展される文物もいっぱい出てくるので、三国志展の予習にはうってつけの本だと思います。


三国志展の図録も買いました! こちらはまだ半分くらいしか目を通してませんが…(遅)。『三国志の考古学』のおかげで、なかなか貴重な文物が来ることも分かった。しかし誤字が多い…士燮さん(三国の)の名前がやたらとヘンなことになってるのは許せぬ(笑)。公式でも正誤表が出てましたな…写真の取り違えはけっこう致命的なミスな気がするが、何の写真と取り違えたんだろうか…。おおきい画像がほしいです…。

なお、正誤表以外にも誤りがあったので、気付いたところを下に挙げておきます。矢印の左が誤、右が訂正後。

・(p27上段)杏園村一号墓→董園村一号墓 …玉豚が出土した墓。p57ではちゃんと董園村一号墓に直っている。『三国志の考古学』第一章も参照。曹氏一族墓に「杏園村一号墓」という墓はなさげ
・(p40)範県→范県 …「范」を「範」の簡体字だと勘違いして直している気がする…士会の封邑とされる范のあたりのことだと思うんだけど(唐突に春秋)。だから「范」のままでいいのでは。これは確証はないっす。自分が勘違いしてたらすみません…
・(p43)三顧草盧→三顧草廬 …「いおり」の意味の字はまだれが付く
・(p51)貂蟬(しょうぜん)→貂蟬(ちょうせん) …ふりがなの誤り。「貂」を「ショウ」と読むのには何か根拠があるんだろうか…大漢和を確認しても「チョウ」という音しかない。「蟬」を「ゼン」と読むのは呉音読み、「セン」と読むのは漢音読みっぽい(by漢辞海)。つまり貂蟬=「チョウセン」が一般的な読みとなるはず。
あと、公式ツイッターで蔡邕に「さいゆう」とふりがなが振ってあったけど、正しくは「さいよう」だよな…大漢和を確認しても「邕」に「ユウ」という音はない
・(p51)蔡帽→蔡瑁 …蔡瑁なら別にいいか…と思ってしまう(演義のイメージ) 会場のキャプションも「蔡帽」になってたなあ…蔡瑁なら(略)
・(p56)巧臣→功臣 …ごく単純な誤字の類
・(p111地図・112地図・p120地図)士變→士燮 …變=「変」の旧字。間違い方があんまりでござる…(涙)
・(p115地図)士樊→士燮 …「変」と間違われるよりはこっちの方がまだ…(五十歩百歩)
・(p131)曹休の印 …印影が左右反転してるのでは?
・(p201)刺士→刺史 …「刺士」ってのは見たことがないのでたぶん…
・(p249)健康→建康 …やりがちなヘルシーなミス
・(p255)合肥新城の戦い→合肥の戦い …川本人形の甘寧の説明部分。もしかすると人形劇にそういう場面があるかもなのですが(<人形劇は見たことがない)、甘寧が合肥新城の戦いに参加するのは正史や演義ではありえない…
・(p258上段)建安九年(二〇四)、曹操は官渡の戦いで袁紹を破ると、献帝を擁して実権を握った。…鄴城に拠点を移して… …これらの出来事が全て204年の出来事のように読めるんだけど、武帝紀を見ると「官渡の戦いで袁紹を破る」=200年、「献帝を擁し(て実権を握った)」=196年、「鄴城に拠点を移して」=204年
・(p275下段)曹睿→曹叡 …普通はこちらだと思うのですが…
・(p281上段)曹崇→曹嵩 …正誤表で曹嵩の名前は訂正されてるが、もう一か所誤字がありました

…講演会に落ちた私怨(…)があるとはいえ、自分のことを棚に上げた揚げ足取りが我ながらヒドイ(すみません)。でも、トーハクさんで出してる図録にこんなに間違いがあるのは、いろんな意味で気がかりではある…。

by huangque | 2019-07-09 00:20 | 三国関連

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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