『中国古代の民俗』

『中国古代の民俗』 白川静 講談社学術文庫 1980



一冊は白川さんの本を読んでおかないと…と思い、古本屋で見つけて買いました。
   …む、難しい!!!(笑)
白川さんといえば漢字学なんですが、もともとは『万葉集』も研究してらっしゃったんですよね…ずっと前にテレビで見た気がする。日本の古代歌謡である万葉と、中国の古代歌謡である『詩経』を比較しつつ論が展開します。引用してある『詩経』の文も難しいし、『万葉集』のことばも難しい。時々解釈を入れてくれますが、時々訳も解釈もなくて意味が取れず辟易しまくりです;;

内容は、本の裏表紙に説明してある通り。中国古代の民俗を明らかにするのが本書の目指すところで、その方法として、
・古代文字の構造から古代人の生活や思惟を考察
・古代歌謡としての詩篇(詩経など)の発想と表現手法から生活習俗を考察
・以上から考察できたものを、日本の民俗的事実と対応させつつ比較

以上三つの手法を通し、中国古代の民俗に迫っています。
ちなみに、本書中では、白川さんの前著である『中国古代の文化』に触れて、「これについては『中国古代の文化』で言及したので繰り返さない」と言って説明をスルーすることが幾度となくありますので(涙)、『文化』を読んでから『民俗』を読むのがいいのかもしれません…。ちなみに自分は『文化』は読んでません…。


白川さんの漢字解釈でいちばん印象的なのは、やはり「口」の解釈かと(第三章「言霊の思想」)。「口」を口耳のクチとするのが『説文解字』以来の解釈なのですが、白川さんは多くの甲骨文・金文を渉猟した結果、「口」を「サイ」と読み、祝詞を入れる器である、と新しい解釈を提供しています。

この理解に基づいて、「口(サイ)」が含まれた文字(告・言・吉…)や、「口(サイ)」の中の書物を開けた象形の「曰(エツ)」を含んだ文字(書・旨…)について解釈を加えています。この部分は、謎解きを見ているようで、難しいながらも面白い箇所でした。
たとえば「告」は、祝詞の入った「口(サイ)」の上に神木の枝を表す形象を乗せてサイが樹にかかっている形を表し、神に祝詞の内容を「告」げるさまを表すのだ、とか。


他にも、「詩の六義」(風・雅・頌・比・賦・興)のうち表現技法を言う比・賦・興のうちの興についての解釈も新鮮だったでしょうか。一般に、比=直喩、賦=直叙、興=暗喩 と理解されていますが、これについては諸説紛々らしく、今も昔も議論が絶えないとか。

白川さんの解釈では、「興」の字は「同(=同瑁を指す。酒器のこと)」を両手で捧げ持つ形で、聖所を清め地霊を招くために酒を地に注ぐカン【示+果】鬯(かんちょう)の礼の際、同で酒を注ぐ形。すなわち、「興」とは地霊を呼び起こすことだ、とのこと。詩の六義の一である「興」も、地霊を呼び起こし、その呪的な力を感受するための手法のことで、その地の地形や植生を詠み誉めることにより、その地の地霊の力を得ることができると考えられていたのではないか、とのこと。だと思います…すごく難しくてうまくまとまらぬ…(苦笑)。


他にも、『詩』などの古代歌謡に頻出するモチーフについての考察などは興味深いものでした。…読み通すだけで精一杯だったのでこれ以上まとめるのはしんどいのですが(…)、漢字や中国古代の風習について興味のある方は一読してみてもいいのではないかと思います。すみませんこんなまとめ方で…;;
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# by huangque | 2005-12-22 03:21 | 本めも

元曲「趙氏孤児」【第四折】

第四折は、第三折の20年後…趙氏孤児が復讐を果たせるであろう年齢に達した時になります。今までの内容をなぞる点も多々ありますが、第四折のあらすじを…。

*   *   *

「趙氏孤児大報仇」紀君祥・作

【第四折】
登場人物:
 程勃(=趙氏孤児)(正末)
 程嬰
 屠岸賈


趙氏孤児を巡る一連の事件が「趙氏孤児」の死をもって収束し、はや20年が経った。

その件で功のあった程嬰は屠岸賈の客となり、程嬰の子は屠岸賈の養子となって「屠成」と呼ばれた。「官名」(<未詳)は「程勃」という。程勃は、武については屠岸賈に学んで熟達し、文については程嬰に学んでいた。程勃は二人を父と思い、屠岸賈を「あちらの父」、程嬰を「こちらの父」と呼んで親しんでいた。

ある日、武術の稽古を終えた程勃は、「こちらの父」の程嬰に会いに行く。
が、見ると程嬰は、書斎で巻物を手にして思いつめた表情をしている。
実は程嬰は、程勃が二十歳になったので、そろそろ「真実」を教えて趙氏の仇を取らせねば…と思案を巡らせていたところだった。程勃が「趙氏孤児」であることを教える時期になったのである。程嬰が手にしている巻物は、今まで趙氏のために命を懸け、時に命を捧げた人々の姿を絵巻にまとめたものだった。

いつもならば、程勃が来ると嬉しそうにする程嬰なのに、今日に限っては程勃が話しかけても浮かぬ顔をしたまま。それどころか、程嬰は嘆息して目頭を押さえている。
いぶかしく思った程勃は、心配してその理由を尋ねるが、程嬰は答えない。程嬰は、「お前はここで書物を読んでおれ。私はしばらく奥に行く」と、手にした巻物をそっと置いて書斎を出る。

父が置いていった巻物に目を留めた程勃は、これは何だろう…と巻物を披いてみた。
そこには、赤い服の人物が紫の服の人物に向かって犬をけしかける絵、錘を持った人物がその犬を撃ち殺す絵、片方の車輪のない車を支える人物の絵、槐の樹に頭を打ちつけ自害している人物の絵…が綿々と描かれている。しかし、そこには名前が書かれておらず、それらの人物が一体どのような人か分からない。
さらに続きを見ると、弓の弦・毒酒・短刀を目の前にした人物が短刀で自害する絵、薬箱を捧げ持ち跪いた医者の前で自刎する将軍の絵、夫人が赤ちゃんを医者に預け、自縊する絵、白髪の老人が赤い服の男に殴られている絵が続いている。

赤い服の人物に対して怒りを燃やしつつ、一体これらの絵が何を描いたものか分からない程勃。そこに程嬰が戻ってきたので、程勃はこの絵巻について程嬰に尋ねた。

程嬰は、「これらは、お前と関係があるのだよ…」と、絵巻を指して説明を始める。
――槐の木の下で死んでいるのは、赤い服の人物から紫の服の人物の暗殺を命じられたが、紫の服の人物の忠誠心に打たれた刺客のショ【金+且】ゲイ【鹿+兒】。犬はゴウ【敖+犬】という猛犬で、赤い服の人物が紫の服の人物を殺すために調練したのだ。紫の服の人物に襲い掛かった犬を錘で打ち殺したのは、殿前太尉の提弥明。その場から逃げる紫の服の人物の乗った車を助けて走っているのは、以前紫の服の人物から食べ物を恵まれた霊輒という人だ――

話を聞いている程勃は、赤い服の人物に対して怒りを燃やしてその名を尋ねるが、程嬰は「忘れてしまった」と言ってその人物の名を明かさない。が、紫の服の人物は丞相だった趙盾といい、程勃と関係があるのだ…と教える。
さらに程嬰は説明を続ける。
――赤い服の人物は趙盾の一族を皆殺しにした。趙盾の子の趙朔は、弓の弦・毒酒・短刀を贈られ(暗に自害を命ぜられ、)、短刀で自害した。趙朔の妻の公主は宮殿に幽閉されたが、その間に男の子を生み、医者の程嬰という男にその「趙氏孤児」と呼ばれる赤ちゃんを託したのだ――

程勃が「その程嬰とは父上のことですか?」と尋ねるが、まだ程嬰は「世の中、同姓同名の人はたくさんいるよ」ととぼけて見せる。そして続けて、
――程嬰に趙氏孤児を託した公主は、自ら首をくくって死んでしまった。宮殿の門の見張りをしていた韓厥という将軍は、趙氏孤児を隠した程嬰を見咎めるが、趙氏孤児を見逃すため自刎した。程嬰は、かつて趙盾と同じ朝廷にいた公孫杵臼という老臣と相談し、程嬰の子を趙氏孤児とすりかえて赤い服の人物に密告した。赤い服の人物は、程嬰の子を趙氏孤児だと思って殺し、公孫杵臼も自害したのだ。
これらは20年前の出来事だ…今、趙氏孤児は20歳になっているのだよ――

聞き終わった程勃が、まるで夢の中のようでよく分からない、と言うと、程嬰はついに「なんと、まだ分からぬか!? 赤い服の男は奸臣の屠岸賈、趙盾はお前の祖父、趙朔は父、公主は母――あの医者の程嬰は私で、お前はあの趙氏孤児なのだ!」と言い放つ。
本当の父母は、父だと思っていた屠岸賈により自害を逼られ、また趙盾や自分のために多くの人が命を擲ったことを知った程勃…もとい趙氏孤児は、一時気が動転するが、正気を取り戻すと、まず程嬰に感謝し、父母らの命を奪い横暴の限りを尽くした屠岸賈を討とうと決意する。

(以上)

*   *   *

程嬰が、今までのことをすっかり程勃=趙氏孤児に話し、本当の仇が屠岸賈であることを教える――という幕です。程嬰の説明が、今までの内容と重複するので、多少くどかったかもしれません(これでもかなり省いたのですが…)。ただ、ショゲイと霊輒に関しては今までたいした説明がなかったのですが、この第四折で詳しく説明されています。

趙氏孤児は「屠成」と「程勃」という二つの名を持っているようですが…屠岸賈の前では「屠成」、程嬰の前では「程勃」と名乗ってたんでしょうか…よく分からんかったです。
劇の中では、趙氏孤児が登場した際は「某程勃是也」(わたしは程勃だ)と言っており、以下も「程勃」の方の名前しか出てきません。この幕の中で、趙氏孤児が程嬰と話してばかりで、屠岸賈と話す場面がないため、「程勃」で通してるのかな…。

話は逸れますが、趙氏孤児のように、「育ての親が実は自分の親の仇だった」というのは、『水滸伝』120回本にある田虎故事の、瓊英(石投げが得意な少女/笑)の生い立ちに似てるように思います。
趙氏孤児と瓊英、どちらが先にできたかといえば、趙氏孤児の方が先に成立したといえます(「趙氏孤児」は元に刊行された元曲集(『元刊雑劇三十種』)に収録されており、『水滸伝』は明の中葉の成立で、田虎故事はその中でも最も新しく書き加えられた段だと思われる。『元刊雑劇~』の「趙氏孤児」は、劇中の歌(曲牌)が部分的に残っているだけで、内容ははっきりと分からないのですが、こちらで紹介している『元曲選』のあらすじと、それほど大きな差異もないかと思います)。
わ、私は…瓊英と張清のらぶらぶ話は苦手じゃ…(笑)。
…と、ほんとに話が逸れました(笑)。

次の幕、第五折がいよいよラストです。
もともとこの劇は第四折までで(『元刊雑劇三十種』は四折まで)、その後ハッピーエンドにするために第五折が付け加えられたらしいのですが。
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# by huangque | 2005-12-22 03:18 | 本めも

元曲「趙氏孤児」【第三折】

引き続き元曲「趙氏孤児」第三折のあらすじを。
今までも、趙朔・公主・韓厥が次々自害して激しい展開でしたが、第三折がいちばん過激な気がします…。屠岸賈が鬼畜です。血も涙もないです。
そして、この劇一番のクライマックスの幕だと思います。殊に後半は…。

さて第二折では、趙氏孤児を救うため、命がけの策を考え出した程嬰と公孫杵臼。
第三折では、その策がついに実行に移されます。


*   *   *

「趙氏孤児大報仇」紀君祥・作

【第三折】
登場人物:
 公孫杵臼(正末)
 程嬰
 屠岸賈


公孫杵臼に我が子を渡し、策の詳細を打ち合わせて帰ってきた程嬰。
その翌日、程嬰は屠岸賈の役所の門を敲き、「趙氏孤児の居場所を知っています」と告げる。
趙氏孤児が見つからず、国中の嬰児を殺すぞと息巻いていた屠岸賈は、その報告を聞いて早速程嬰と面会する。

屠岸賈に趙氏孤児の居場所を問われた程嬰は、「公孫杵臼が匿っております」と答える。
が、屠岸賈は「嘘を言え!! 貴様と杵臼には何の恨みもないのに、杵臼を密告する筈があるか!? 嘘ならば利剣で貴様を斬り捨てるぞ!」と食って掛かる(←案外読みが鋭い屠岸賈)。
程嬰の方は冷静に答える。
「私と杵臼には何の恨みもありません。が、私には生まれたばかりの子がおります。元帥(屠岸賈)は、趙氏孤児が見つからなければ国中の嬰児を殺すと命じられました。我が子と、晋の嬰児たちを守るため、孤児の居場所をお知らせしたのです」
その理由に納得し、かつ趙盾と昵懇だった杵臼ならば趙氏孤児を匿うこともありうる…と思った屠岸賈は、程嬰の言葉を信じ、部下を従え程嬰を引き連れて公孫杵臼のいる太平荘に急行する。

屠岸賈は、太平荘に着くと、早速公孫杵臼を捕らえて自白を迫る。しかし、公孫杵臼は「孤児とはどの孤児ですか?」としらばっくれて見せる。棒打ちにして拷問しても杵臼が口を割らないので、屠岸賈は程嬰に命じて杵臼を打たせる(非道だ屠岸賈っ…!)。
程嬰は「私は医者ですのでそんなことは…」と最初はためらうが、ここで屠岸賈に疑われる訳にはいかず、棒を執って公孫杵臼を打つ。杵臼は程嬰を罵りつつ、ついに自供を始める。しかし、程嬰がこの件にからんでいることだけは白状しない。

屠岸賈・程嬰・杵臼がごたごたしているうちに、屠岸賈の部下がついに趙氏孤児(=本当は程嬰の子。第二折参照)を見つけ出す。屠岸賈は笑い、自らの剣で「趙氏孤児」を斬り殺す。程嬰も思わず心痛を表に出し、涙を流す。
悲嘆した公孫杵臼は、屠岸賈を罵り、階段に頭を打ち付けて自害する。

ついに趙氏孤児を殺し、後顧の憂いを絶った屠岸賈は、これは程嬰の功であると褒め、程嬰を客分としてもてなし、その子をともに育てることにする。

(以上)

*   *   *

…もちろん、最後に出てきた「程嬰の子」こそ、本物の趙氏孤児です。つまり、仇の下で育てられることになったんですね。
次の幕の第四折は、この事件から20年後、趙氏孤児が大人になった後になります。趙朔・公主・韓厥・公孫杵臼、そして程嬰が命を懸けて守った趙氏孤児は、一族の敵である屠岸賈――仇であり、育ての親――を討つことができるのか。

第三折は、「趙氏孤児」(程嬰の子)が屠岸賈に斬り殺されるあたりがいちばんのクライマックスかと思います。その場面には程嬰の台詞はなく、程嬰のしぐさ――心痛するしぐさとか、涙を流して顔を覆うしぐさとか――だけが書き込まれてます。それがまた、目の前で子を斬り殺された父の心の痛みを感じさせるというか…。
拷問をこらえて、最後には自害する公孫杵臼も壮絶ですね…。
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# by huangque | 2005-12-22 03:17 | 本めも

元曲「趙氏孤児」【第二折】

引き続き、元曲「趙氏孤児」第二折。
公主から趙氏孤児を託された程嬰が、韓厥の助力を得て趙氏孤児を宮殿から逃して…の続きになりますね。

この幕には公孫杵臼が登場~! 杵臼がこの幕の主人公です。
程嬰と公孫杵臼が、趙氏孤児を救うため策を練る場面です。


*   *   *

「趙氏孤児大報仇」紀君祥・作

【第二折】
登場人物:
 公孫杵臼(正末)
 程嬰
 屠岸賈

さて、屠岸賈。
いつになっても趙氏孤児が送られてこないので、どうも安心できない。そこで部下に様子を見に行かせると、なんと宮殿では公主が首を吊り、門では韓厥が自刎して果てているという。

韓厥が趙氏孤児を見逃したな…と考えた屠岸賈は、すぐさま次の手を打つ。
すなわち、晋の国中の、生まれて6ヶ月以下・1ヶ月以上の赤ちゃんを全員逮捕して斬って捨てれば、その中に趙氏孤児がいるはずだから、孤児を殺すことができると考えたのだ(血も涙もありません屠岸賈)。
屠岸賈は、赤ちゃんを差し出せという命令を下し、これに逆らう者は一族皆殺しだ!と脅し文句を加えて国中に発布する。

さて、場面は太平荘という地に移る。
ここには公孫杵臼が住んでいる。
公孫杵臼は、趙盾とともに霊公に仕えて中大夫になった、かつての晋の重鎮だった(という設定です)。歳を取り、また屠岸賈が朝廷を牛耳っているのを憎んで、朝廷を去って野に下り、自適の生活を送っていた。そこに程嬰がやってくる。

屠岸賈が赤ちゃんを集めて皆殺しにしようとしていることを知った程嬰は困り果てていた。そこで思い当たったのが公孫杵臼だった。
公孫杵臼は趙盾と友誼があり、なおかつ忠直な人柄。彼ならば、趙盾の孫である趙氏孤児を匿ってくれると考えたのである。

早速程嬰は公孫杵臼に今までの経緯を説明し、趙氏孤児を彼に見せる。そして、自らが考えた趙氏孤児救出の策を公孫杵臼に説明する。

程嬰の策はこうだ。
実は、程嬰にも生まれて間もない赤ちゃんがいた。
そこで、自分の子を趙氏孤児だといつわって、公孫杵臼には「程嬰が趙氏孤児を匿っています」と屠岸賈に密告してもらう。そうして父子ともども殺されたなら、趙氏孤児を葬ったと思い込んだ屠岸賈は安心し、これ以上の追及はするまい。本物の趙氏孤児は公孫杵臼にかくまってもらい、密かに育て上げて欲しい――という策である。
趙朔への恩を返し、かつ晋の国中の赤ちゃんたちを救うためにはこれしかない、というのが程嬰の結論。

しかし、公孫杵臼は「趙氏孤児を育てるのはお前のすべき役目、お前の赤ちゃんを私に託してもらい、お前の赤ちゃんと私が一緒に死ぬことにしよう」と、先に死ぬのは自分がよい、と言う。
というのも、公孫杵臼は70歳。趙氏孤児が成人し、仇を取れるようになるのが20年後と見積もると、その時には90歳ということになる。その時まで自分が生きていられる自信がない。
一方の程嬰の方はまだ45歳で、20年経ったとしてもまだ65歳である。きっと趙氏孤児を育て上げることができるであろう。それを考えると、程嬰に趙氏孤児を匿ってもらい、自分が先に死んだ方がいい。これが公孫杵臼の考え。

程嬰は、公孫杵臼を巻き込んで死なせてしまうことをためらい、また公孫杵臼が屠岸賈に問い詰められて「程嬰が趙氏孤児を匿っている」と白状したりしないかと不安で(←公主や韓厥の時と同様、疑り深いというか慎重な程嬰…)、公孫杵臼の策になかなか乗らない。しかし公孫杵臼は、「私は、一度“うん”と言ったら必ず守る。安心せよ」と言って程嬰を説き伏せる。歳を取って、いつ死んでもおかしくないのだから、この命はいつ捨ててもかまわない――公孫杵臼はそう言う。

程嬰は、公孫杵臼を巻き込んだことを悪く思うが、ついに折れて、自分の子を公孫杵臼に託し、趙氏孤児を自らの家に匿う。

(以上)

*   *   *

趙氏孤児を守り通すため、最初は程嬰が自分の命を捨てるつもりだったけど、年老いた公孫杵臼がその役を引き受けることにした…という筋ですね。
自分の命を擲つ公孫杵臼も悲壮ですが、自分の子を犠牲にしてまで趙氏孤児を生かそうとする程嬰もまた悲壮ですね…。
さて、二人の壮絶な策は当たるのかどうか。そのあたりは第三折にて。


あと、最後に超個人的メモ。

趙氏孤児(末本=正末劇) 1楔子、5折構成
『元刊雑劇三十種』『元曲選』『古今名劇合選ライ江集』(孟称舜)に現存。
『元刊雑劇三十種』のみ、1楔子4折。『元曲選』等における第五折を欠く。(むしろ、当初は1楔子4折で、後世第五折が加えられた、と言うべきか…。)『元刊雑劇三十種』は、曲牌のみ現存。ト書きは殆どなく、あらすじははっきりしない。
また、『元刊雑劇三十種』とその他のテキストでは、曲牌にだいぶ相違があるらしい。
明になると、徐元が伝奇「八義図」に再構成し、また清末には同様の題材で京劇「八義記」が作られている。らしい。
以上、主に『元曲大辞典』(李修生主編、江蘇古籍出版社)に拠る。
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# by huangque | 2005-12-22 03:16 | 本めも

元曲「趙氏孤児」【第一折】

さて、楔子に引き続き「趙氏孤児」の第一折です。

てか、ネサフして調べてみたら、「趙氏孤児」って京劇に残ってて今でも上演されてるらしい。
ストーリーは多少違うみたいですが、ほぼ元の頃と変わらないストーリーのようで…すごいなぁ。
それだけでなく、ヨーロッパにまで渡ってるらしい、この劇。す、すげー…(笑)。『元曲選校注』の注によると、ヴォルテール(伏爾泰)が手がけた劇だか本があるらしい。

では、以下に第一折のあらすじを。韓厥ファンの方はいささかショック受けるかも(笑)。
ちなみに登場人物のおさらいですが、
屠岸賈=趙盾の一族を皆殺しにした悪役大臣
趙盾=晋の大臣。屠岸賈に殺されかけてどこかに逃亡
趙朔=趙盾の子
趙氏孤児=趙朔の子
公主=趙朔の妻。

*   *   *

「趙氏孤児大報仇」紀君祥・作

【第一折】
登場人物:
 韓厥(正末 :主役のこと)
 程嬰(外)
 屠岸賈
 公主

趙朔の妻の公主は、宮殿で男の子を産み、趙朔の遺言どおり趙氏孤児と名づけた。しかし、偵察の手をゆるめていない屠岸賈にばれてしまう。屠岸賈は、「まあ一月後に趙氏孤児を殺しても遅くはあるまい」と言って(←突如ゆるゆるな屠岸賈/笑)、公主の宮殿を「下将軍」の韓厥に警備させ(ただの門番です韓厥…笑)、もし趙氏孤児を逃がす者がいたら九族皆殺しにする、という告知の張り紙をした。

公主は男子を産んだものの、このままでは屠岸賈の手にかかってしまう。そこで公主は程嬰を呼ぶ。程嬰は在野の医者で、趙朔の門下で優遇されていた。程嬰は趙朔の家族ではなかったため、屠岸賈による族殺からのがれて生きていた。
程嬰は、公主の産後の処方のために呼ばれたのだろうか、と思いつつ、公主に面会する。

程嬰が公主から頼まれたのは、「趙氏孤児を救い出して欲しい」ということだった。しかし、趙氏孤児を逃せば一族皆殺しである。程嬰は、無事に趙氏孤児を逃がす手立てが浮かばず迷うが、公主の必死の頼み込みを受けて、趙氏孤児を逃がすことを決意する。
しかし程嬰は、もし私が趙氏孤児を逃がしても、屠岸賈に詰問されたあなたは「程嬰が逃がしました」と言いはしませんか?と公主に確認する。公主は、決してそんなことはないと、その場で首を吊って死んでしまう。(結構唐突で過激な展開…)
程嬰は意を決し、薬箱の中に趙氏孤児を隠して外に向かう。

門口では、下将軍の韓厥が部下とともに警備をしていた。
(韓厥は下軍の将だった時期があり、それが転じて「下将軍」となったものと思われます。)
そこに、慌てた程嬰が駆け出してくる(慌てるな程嬰…!笑)。勿論韓厥は程嬰を咎めた。
韓厥が「その箱の中には何が入っているのか?」と問うと、程嬰は「薬です。他のものは何もありません」と答える。
しかし、程嬰が趙氏から篤い恩を蒙っていることを知っている韓厥はなかなか疑いを解かない。しかし韓厥も趙盾に恩があり、屠岸賈の人物を嫌っている。

韓厥は、「俺が呼ぶまで来るなよ」と部下を退け、程嬰の持っている薬箱を開けた。
韓厥「お前の薬箱の中に『人』参も見つけたぞ!」(←気の利いた洒落だ…)
程嬰はびっくりして跪き、今までの経緯を切々と韓厥に訴える。
義侠心に篤い韓厥は、程嬰の訴えを聞き、程嬰と趙氏孤児を逃がすことにする。
程嬰は韓厥に感謝するが、韓厥がこのことを屠岸賈に告げはしないかと危惧を漏らす。
韓厥は、「安心せよ、お前は趙氏孤児を守り育てよ」と言い、その場で自刎(またも唐突に激しい展開…)。

程嬰は韓厥の義心に感謝しつつ、役人に見つからないうちに「太平荘」目指して逃走する。
(以上)

*   *   *

この幕の主役は韓厥! なのにこんなに早く死んでしまうとはー…! 義の人ですっごく好感持てるのですが、…で、でももうちょっと出てきてほしかったり、も。
あと、韓厥の洒落(?)に出てくる「人参(ren2shen1)」は、訛ると「人身(ren2shen1)」と聞こえるらしい(注によると)。現代中国語だと全く同じ発音。下手すればバレバレの危険な洒落ですな…。

元曲では、主役は1劇(4幕)通して一人の人物であるのが基本ですが、幕ごとに変わる場合もよくあります。ただ、主役となる人物は変わっても、主役の性別が変わることだけは滅多にないらしい。(と、どうでもいい予備知識。)
第一折の主役である韓厥はここで死んでしまったため、当然次の幕から主役が変わります。

さて、程嬰の逃れていった「太平荘」には公孫杵臼がいます。それだけは読みましたがその後は相変わらずまだ読んでません(笑)。まだ先が長いな…!
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# by huangque | 2005-12-22 03:15 | 本めも

黄雀楼の日記です。三国・春秋語りや無双ネタバレトークなどもあります。


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